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もう1つの民法改正(藤本)

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弁護士法人創知法律事務所の藤本です。

我が国の「民法」の大規模改正である債権法分野の改正の施行が今年4月1日にありました。新型コロナウイルスの蔓延もあり、「それどころではない」と仰る方も多いかもしれませんが、特に、いま締結している基本契約をどう修正するのか、保証や約款など、大きく変わるところについて、どう対応すれば良いのか、質問を頂くことは多いです。「改正前にやっておくべき対策をしていなかったと思われるのが嫌で、今更弁護士に聞きづらい」と思っておられる方もいるようですが、そんなことはありません。知りたいときに調べるのが一番「モノ」になります。是非、創知の弁護士に質問をしてみてください。

さて、我が国の民法典の改正も大規模なものでしたが、本当であれば、今年3月、もう1つの大きな民法改正がある筈でした。それは、中華人民共和国の民法典の制定です。

あれ、「制定」って「改正」じゃないんですか?
んー、改正は改正なのですが、「たくさんあった民法を1つにする」のです。

現在の中華人民共和国の民法に相当する法律は、次のような複数の法律に分かれています。
・民法総則(2017年制定)
・民法通則(1986年制定、2009年最終改正)
・物権法(2007年制定)
・担保法(1995年制定)
・契約法(合同法)(1999年制定)
・不法行為法(侵権責任法)(2009年制定)
・婚姻法(1980年制定、2001年改正)
・相続法(継承法)(1985年制定)

世界的に見れば、別に、1つの「民法典」である必要はありません。定めている内容が違うのですから、バラバラでも、何ら問題はないのです。

ただ、中華人民共和国の民法典は、中華人民共和国の「社会主義市場経済」の中で「少しずつ」作られてきたという経緯があります。最初に財産法の中で立法化された「民法通則」は、全156条ですが、この中には、物権のことも、契約のことも、不法行為のことも、少しずつ入っていたのです。つまり、「民法通則」+「婚姻法」+「相続法」で、我が国の民法に相当するものが一応完成していたとも言い得ます。ところが、1986年といえば、まだ、中華人民共和国の文化大革命が終わってから僅かしか経過しておらず、どこまで「市場経済」を導入するのか、どこまで「自由」が認められるのか、はっきりしていなかった頃です。特にこの時期、まだ、中華人民共和国の人々にどこまで財産の私有を認めることができるのか、等がはっきりしていませんでした。つまり、この「民法通則」には、非常にざっくりした規定しかありませんでした。

結局、包括的な物権全体についての法律が完成するのは、2007年の「物権法」の制定を待たなければなりませんでした。ところが、2007年の「物権法」では、用益物権と担保物権の両方について規定を置いたのですが、その前に、担保については、1995年の「担保法」という法律が制定されています。抵当権や質権についての規定は、現在でも、「物権法」と「担保法」の両方に存在するというわかりにくい状況になっています(立法法の規定等により、2つの法律の規定に矛盾衝突が生じた場合の解釈の仕方の規定はあるので、一応成り立ってはいます。)。なお、「担保法」には、物的担保のみならず、人的担保の規定もありますので、いまでも「保証」「連帯保証」については、「担保法」の規定が適用になります。

また、順番が逆になりましたが、当初に「民法通則」に設けた契約や不法行為に関するルールも、より細かいルールが必要となり、1999年に「契約法」が、また、2009年に「不法行為法」がそれぞれ制定され、精緻化されましたが、民法通則そのものは、廃止されないまま残りましたので、不法行為に関しては、「不法行為法」にも「民法通則」にも規定があるという状態になっています。

つまり、民法典の制定が、1980年の婚姻法から数えると、中華人民共和国の民法編纂の歴史は、既に40年を経過しているのですが、ちょっとずつ制定してきたため、統一感がなかったのです。

そこで、1つの「民法」にしようという動きが高まりました。実は、2017年制定の「民法総則」は、その動きの1つでして、新しく編纂される「民法」の7つのパート(総則、物権、契約、人格権、親族、相続、不法行為)の第一パートとして、原則そのままスライドして採用されることが意図して制定されています。2019年末に全国人民代表大会常務委員会(中華人民共和国の立法機関は、全国人民代表大会と、その常務委員会で、いずれでも立法をすることが可能なのですが、民法のような大きな法律になると、先に常務委員会で審議して、最終的に全国人民代表大会で立法するという流れを取ります)で最終草案を制定(全1260条)し、更にそこから、広く意見を徴収した上で、2020年3月の全国人民代表大会で制定するということが公表されていました。

全国人民代表大会も、専用の特設Webサイトを設けています。中国語ですが、良くまとまっていると思います。

ちなみに、この立法作業、日本も関与しています。中華人民共和国は、最近の大規模立法では、欧米や日本の立法状況を調査しています。特に民法を含む「六法」について中国は、清朝末期に日本から学んだという経緯もあり、日本法の研究が盛んです(法律によって全然違います。例えば独禁法は、ほぼ完全にEU機能条約をベースに制定されています。)。白出弁護士がJICAの長期専門家として派遣され、また、中華人民共和国全国人民代表大会の立法工作室の方は、何度も訪日して、大学や弁護士会などを訪問し、日本の債権法改正において改正された内容について、調査をされておられました。例えば、連帯債務に関する我が国の改正は、今回の改正の中では条文の場所も少し動いていて大規模な改正箇所の1つではありますが、一般的には余り注目されていないと思います。しかし、立法工作室の若い職員の方からは、真剣な具体的質問を頂戴し、少し驚いたことがありました。

ところが、新型コロナウイルスの蔓延で、中華人民共和国の全国人民代表大会は、延期されていました。そこで、3月の立法も見送られています(私個人としては、日本の民法改正のみならず、中華人民共和国の民法の質問もどどどっとまとめて来るのではないか、あと、4月からの法科大学院での授業に3月末制定の「民法」の内容を教えなければならないのではないかと、かなり戦々恐々としていましたので、この延期のニュースは、正直ホッとしたものです。)。

ホッとしたのもつかの間、中華人民共和国における新型コロナウイルスの蔓延も落ち着いてきたのか、ついに、全国人民代表大会が5月22日から開幕するということが公表されました。落ち着いてきたとはいえ、新型コロナウイルスの対応がメインとなると思われますので、「民法制定」を予定通りこの全国人民代表大会で行うのか、現時点では不明ですが、もしも制定されれば、かなり大きな法改正となりますので、ぜひ5月末の中華人民共和国のニュースにも注目して貰えたらな、と思います。