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改正民法の施行に伴う実務的対応について(藤本)

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第一 問題の所在

2020年4月1日、債権法改正(以下「改正民法」といいます。)が全面的に施行されます。
ところで、例えば、今日2019年10月6日に締結した期間1年の基本契約は、2020年4月1日の前後で、その解釈が変わるでしょうか?

例えば、次のような事例を考えてみて下さい。
(1) 2020年4月1日以降に締結した個別契約に基づき購入した売買目的物と、それ以前に取得した売買目的物に、ともにその目的物の品質について、瑕疵(契約の内容に適合しない)があることが後日判明した。買主は、これを知った時から1年以内に、その適合しない内容を売主に通知したものの、損害賠償や解除等の具体的な権利行使の請求はしていなかった。しかし、通知した後の協議が不調に終わり、買主は、売主に対し、瑕疵・不適合を知った時から1年を越えてから損害賠償請求を行った。

(2) 売買基本契約で、「個別契約に別段の定めがない限り、本契約期間中の個別契約については、本契約の各規定が適用される。」旨が規定されていたとする(但し、解除に関する条項については、(a)何も規定がなかった場合、(b)規定があり、かつ、「相当の期間を定めて本契約又は個別契約上の義務の履行を催告したものの履行がないとき」には本契約及び個別契約を解除することができる旨の規定があった場合の双方を想定して頂きたい)。締結後、2020年4月以降に発生した個別契約において、売主に軽微な債務不履行が発生した。買主は、相当な期間を定めて履行を催告したが、売主とは解釈の相違があったためか、売主は軽微な債務不履行を是正しようとしない(真実は、軽微ながら債務不履行が存在したものとする。)。そこで、買主は、個別契約及び基本契約を解除すると主張したが、売主は、認められないと主張した。

(3) 売買基本契約で、買主への与信に不安があったことから、買主の49%の株式を保有する株主Aに対し、「この基本契約及び個別契約に関し生じた一切の買主の債務及び責任について、連帯して保証する。」ことを約束させていた。

第二 施行日後も現行民法の適用がある場合について

まず、大前提として、2020年4月1日の施行日になったら、それより前に締結されていた「売買基本契約」は、全て改正民法が適用されるのでしょうか?また、「売買基本契約」に基づく「個別契約」はどうでしょうか?更新されたらどうなるでしょうか?

この点については、改正民法の附則34条に規定があります。

(贈与等に関する経過措置)
第三十四条 施行日前に贈与、売買、消費貸借(旧法第五百八十九条に規定する消費貸借の予約を含む。)、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託又は組合の各契約が締結された場合におけるこれらの契約及びこれらの契約に付随する買戻しその他の特約については、なお従前の例による。
2 前項の規定にかかわらず、新法第六百四条第二項の規定は、施行日前に賃貸借契約が締結された場合において施行日以後にその契約の更新に係る合意がされるときにも適用する。
3 第一項の規定にかかわらず、新法第六百五条の四の規定は、施行日前に不動産の賃貸借契約が締結された場合において施行日以後にその不動産の占有を第三者が妨害し、又はその不動産を第三者が占有しているときにも適用する。

改正民法附則34条1項によれば、「施行日前に売買契約が締結された場合におけるこれらの契約及びこれらの契約に付随する特約については、なお従前の例による。」とありますので、2020年4月1日を越えても、売買基本契約については、なお、現行民法を適用することになります。つまり、契約の締結日が2020年4月1日より前か、後かが、原則的な改正民法と現行民法の適用の分水嶺であって、全ての契約について、2020年4月1日になれば改正民法が適用される、という訳ではないのです。

しかし、売買基本契約は、売買契約そのものではありません。個別の売買は、一般には、売買基本契約の定めに基づき、PO(発注書)などによる売買申込と、その承諾という形式による個別契約の締結によって行われます。そうすると、売買基本契約が、2020年4月1日を越えても現行民法が適用されるのに、個別契約については2020年4月1日以後に締結されるものについては、「施行日前に締結」されたものではないとして、2020年4月を越えると改正民法が適用される、ということになるのでしょうか?

確かに、文言解釈を徹底すれば、個別契約であれ、売買基本契約であれ、「施行日前に締結」されたものに限って現行民法を適用することになりそうです(そのように明言しているセミナーもあるようです。)。

しかし、具体的な事例によって異なる解釈があり得ると思いますが、上記(2)記載のとおり、「個別契約に別段の定めがない限り、本契約期間中の個別契約については、本契約の各規定が適用される。」のが通常であると思います。そうすると、ある売買基本契約の有効期間中に、個別契約に限って、改正民法が適用されるというのは、一般的には同一の規律を適用すべき2つの契約について新旧両方の法律を併存させることとなり、当事者の合理的な期待に反することになると思われます。従って、少なくとも強行法規を除いては、個別契約についても、売買基本契約において現行民法が適用されている限りにおいては、現行民法の適用がされることになるのではないかとと思われますが、不透明です。

もう1つの大きな問題は、1年の期間が経過した後です。売買基本契約には、基本的には自動更新の合意があると思われます。自動更新がされた場合、その契約の更新日、すなわち締結日は、2020年4月1日を越えることになります。この点、賃貸借契約については、附則34条2項で、更新時に改正民法604条2項が適用されることが明示されていますが、これが特則だとすれば、自動更新時には、引き続き現行民法の適用があることになりそうです。他方、これが確認規定だとすれば、自動更新も更新(新たな契約)である以上は、2020年4月1日以降に更新された契約については、改正民法が適用されることになります。この点は、明確な定めがなく、当事者の意思解釈になると思われますので、もし現時点で、改正民法の(任意規定の)適用を排除したいということであれば、施行日前の売買基本契約の更新条項において、明確な規定を置くべきと考えます(なお、改正法を議論していた審議会で、村松幹事が「経過措置の趣旨からいえばどういう法律が適用されるか,予測した状態で正に契約の延長なり,変更なりをすると,あるいは更新をするということであるとすれば,そこでは新しい法律が適用されるんだという理解は十分あり得るのではないかなとは考えております。」(法制審議会民法(債権関係)部会第97回会議(平成26年12月16日開催)議事録31-32頁)と発言していることからすると、立法者は、施行日前に締結された契約の施行日後の自動更新後においては、改正民法が適用されるものと考えているものと思われます。)。

以上を前提として、上記の(1)(2)(3)についても考えてみましょう。

第三 (1)瑕疵担保・契約不適合に関する「一年以内」の意味の変更

(1)は、瑕疵担保(契約不適合)に関する改正民法の影響が出る点です。現行民法では、目的物の品質等に契約不適合(隠れた瑕疵)があった場合、契約解除や損害賠償の請求は、「買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。」と規定されています(現行民法570条、567条3項)。しかし、改正民法では、「買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害倍そうの請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りではない。」と規定されています(改正民法566条)。「事実を知った時から一年以内」は同じですが、現行民法では、損害賠償等の「請求」までしなければならないところ、改正民法では、「その旨」、つまり、不適合の「通知」をしておけば、「請求」は「一年以内」とは規定されていません。改正民法では、損害賠償等の権利行使そのものは、消滅時効の一般的規定が適用されることになります。

もっとも、本件では、2020年4月1日以降に締結した個別契約に基づき購入した売買目的物について、全て「一年以内に通知」すれば、なお請求できる、という結論にはなりません。上記第二で検討したとおり、この売買基本契約は、少なくとも更新前は、現行民法の適用があるからです。従って、少なくとも自動更新がされる前の売買基本契約に基づき取引された売買目的物に関する契約不適合に関する請求は、その事実を知った時から一年以内にしなければならないと解するのが相当でしょう(もっとも、改正民法上記第二のとおり、個別契約についても、施行日後、売買基本契約同様に原則として現行民法の適用があると解されるとする場合。これに対して、附則34条1項を形式的に解釈し、個別契約については改正民法を適用するとなる余地もあるかもしれませんが、失権しては大変ですので、現行民法の適用の可能性を意識すべきかと思います。)。他方、自動更新後については、上記第二のとおり、改正民法に基づき、一年以内にしなければならないのは、契約不適合の内容の通知で良いことになり、請求まで一年以内にしなくても良いことになりそうです(が上記のとおり、100%ではないので、一年以内に請求までやっておく方が無難でしょう。)。

第四 (2)法定解除に関する規律の変更

(2)は、解除について現行民法と改正民法の条文が異なる点に着目したものです。現行民法541条は、債務不履行があり、相当期間を定めて履行の催告をし、その期間内に履行されないときは、契約解除ができる旨規定されています。しかし、改正民法は、但書を設け、その不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りではない。」と規定しました。つまり、軽微な債務不履行であれば、相当期間を定めて催告し、履行されない場合であっても、解除できないとするものです。

なお、このような変更にも関わらず、541条と異なる解除事由を契約で定めることは差し支えありません。つまり、軽微な債務不履行でも、催告解除を認める規定を売買基本契約に設けても構いません。なお、そのような規定を設ける場合は、個別契約、売買基本契約のいずれが解除できるかを明確にするのが望ましいと考えます。

具体的な事例を検討しましょう。既に述べた第二の点も考慮すると(法律上は、解除については、附則34条とは別に32条が同様の定めを置いています。)、(a)解除につき、売買基本契約、個別契約ともに何らの規定も置いていなかった場合、2020年4月以降であっても、それ以前に締結された売買基本契約がそのまま有効である限り、現行民法の適用があり、軽微な債務不履行の催告で個別契約を解除することができるということになりそうです(もっとも、個別契約については附則の文言解釈を徹底すれば、別異の解釈が成り立つ余地があると思います。)。他方、それによって売買基本契約も解除できるかは、個別契約の債務不履行が売買基本契約の債務不履行とも解されるか否かをまず判断し、仮にそうであれば、解除できるということになりそうです。他方、自動更新を含む更新後については、改正民法により、軽微な債務不履行であれば、催告解除はできないということになりそうです。

これに対し、(b)「相当の期間を定めて本契約又は個別契約上の義務の履行を催告したものの履行がないとき」には本契約及び個別契約を解除することができる旨の規定があった場合、現行民法541条も改正民法541条も任意規定と解されるため、改正民法が適用される2020年4月以降に到来する自動更新を含む更新後においても、軽微な債務不履行であっても催告解除することができるという結論になります。

第五 (3)保証に関する規律の変更

(3)は、保証に関する規律の変更を踏まえた問題です。
保証は、改正民法で大きく変わった部分の1つです。
個人根保証については、平成16年民法改正で、「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」(以下「根保証契約」という。)であって、「その債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務」(以下「貸金等債務」という。)が含まれているものについては、保証人が個人である限りにおいて、極度額を定め、その限度でしか保証人が履行責任を負わないこととなりました(現行民法465条の2)。改正民法は、貸金等債務に限らず、この極度額による責任の限定を、個人根保証全般に及ぼすことになりました(改正民法465条の2)。従って、現行民法の適用がある場合は、売買基本契約に基づく保証債務は、「貸金等債務」ではないとすれば極度額の定めがなくても保証の効力が及ぶのに対し、改正民法が適用される場合、売買基本契約に、極度額の定めがない場合、「貸金等債務」ではなくても、保証の効力が生じないことになってしまいます。

なお、この改正民法465条の2の規定は、例えその個人が経営者であっても、過半数株式を保有する株主であっても及びます。個人が取締役や過半数株主の場合に免除がされるのは、改正民法465条の6から8までの規定に限定されています(改正民法465条の9)。即ち、改正民法では、新たに、「事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約」の保証人が個人である場合については、契約に先立ち公正証書の作成が必要(改正民法465条の6)とする制度を導入するのですが、当該個人が主債務者の取締役や過半数株主の場合には、その適用が免除されています(公正証書の作成なしに保証することが可能)。これと、465条の2の規律との混同がないようにしたいところです。

ところで、保証に関しては、附則21条が存在しており、「施行日前に締結された保証契約に係る保証債務は、なお従前の例による。」ことが規定されています(21条1項)ので、施行日前に締結された売買基本契約についての根保証については、例え施行日後であっても、その対象が「貸金等債務」ではない限りにおいては、極度額の定めがなくても、保証の効力が生じることになります。しかし、自動更新を含む更新後については、極度額の定めがないため、保証の効力が生じなくなってしまうことになります。

なお、個別契約について第二で述べたとおり、仮に改正民法施行後に締結されるものは形式的に改正民法が適用されるという立場に立つ場合であっても、恐らく保証の点は、売買基本契約にのみ規定されていると思います。つまり、売買基本契約について現行民法の適用がある限りにおいて、争いなく個別契約についても、現行民法の適用に基づく保証契約によってカバーされることになります。

第六 おわりに

以上、概観したとおり、施行日後も、施行日前に締結された契約については、現行民法の適用があることが原則となるのですが、その射程が曖昧です。特に自動更新や個別契約については、明確ではありません。少なくとも、改正民法の施行日後に更新期限を迎える契約については、例え自動更新の規定がある場合であっても、既に改正民法が施行されているということもありますので、再度契約をし直す方が無難と言えるのではないでしょうか。