【弁護士ストーリーズ】
第5回:池上悠貴弁護士「挫折と失踪を乗り越え、創知の柱へ」
創知法律事務所の個性豊かな弁護士たちの素顔に迫るインタビュー企画「弁護士ストーリーズ」。
第5回は、池上悠貴弁護士。
挫折を知らなかった池上悠貴、弁護士になってからの大きな挫折と、それを克服した今を素直に語ります。藤本一郎弁護士も、触れづらい過去に敢えて迫ります。
| 池上悠貴弁護士 | 藤本一郎弁護士 |
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登場人物
- 藤本 一郎(インタビュアー): 弁護士法人創知法律事務所 代表社員・弁護士。
- 池上 悠貴(ゲスト): 弁護士6年目(73期)。大阪オフィスの屋台骨。
- 窪田 宇都(飛び入り参加): 池上先生の後輩弁護士(74期)。ツッコミ大好き。
挫折を知らなかったエリート街道
藤本: さて、第5回は、創知の東京・大阪オフィスで3番目に古い弁護士になりました、大阪オフィスの池上悠貴先生です。
池上: よろしくお願いします。
藤本: 早速ですが、池上先生の履歴書を改めて見直していますが、福岡県立の高校を卒業後、現役で京都大学法学部に合格し4年で卒業、現役で京都大学法科大学院に合格し、2年で卒業、その後1回目の司法試験で合格と、絵に描いたようなエリート街道を歩んできましたよね。そもそも弁護士になろうと思ったきっかけは何だったんですか?
池上: 中学2年の時に、何となく「将来、何の職業に就こうかな」と思って、色々な職業をネットで調べて、一番惹かれたのが弁護士でした。当時、テレビでの法律番組をよく見ていて、大人の弁護士がワイワイ喧嘩しているのを見て、「面白そうだな」と思っていたのかもしれません。また、小学校の頃とかは、大人しい性格だったんですが、中学生になって、学年の成績の順位が出るようになり、そこで自分の成績が良いことも分かったので、「世間的に難しい試験に合格する必要がある弁護士になろう」と思うようになったのかもしれません。また、もともとはおとなしい性格だったのですが、中3では、応援団をやったり、指揮者をやったりするなど、少しずつ前に出るようになって、色々と自信がついていったことも理由の一つだったかもしれません。
藤本: 高校でも優秀だったとか。
池上: 福岡の京都(みやこ)高校というところなんですが、入学してすぐ成績1位になりまして。その後も、京大も、ロースクールも、司法試験もストレートで合格して、弁護士になる直前は、正直「なんでもやりたいし、やろうと思えば何でもできる」という、無敵感というか……変な自信に満ち溢れていましたね。万能感がなかったと言えば、嘘になると思います。
1年目の試練〜消えた新人弁護士〜
藤本: そんな自信満々のエリートが、2021年1月にうちへ入所してくれました。当時は、創知の低迷期で、コロナ禍もあって大変な時期でした。そして……あの「事件」が起きます。もう5年経過したので、今回は、敢えてこの事件に触れようと思います。
池上: はい……(苦笑)。入所して数ヶ月後の6月ですね。
藤本: 当時、創知で私が管掌している東京オフィスと、大阪オフィスでは、実動弁護士が3名、私、伊藤先生と池上先生しかいなくて、極端な人手不足でした。そこに法人民事再生案件と、委任状勧誘争奪戦(プロキシーファイト)が同時に来てしまった。民事再生が関西、プロキシーファイトが関東だったこともあり、新人だった池上先生も、いきなり民事再生の最前線に放り込まれましたね。
池上: 監督委員への同意申請など、重いタスクが次々と降りかかってきて、極限のプレッシャーでした。藤本先生は各地を飛び回り、伊藤先生は基本東京と、大阪オフィスにいた私は、先輩に相談できず、何より「今まで挫折をしたことがなかった」というプライドが邪魔をしていたと思います・・・。本当は、もしかしたら、もっと藤本先生や伊藤先生に頼ることもできたのかもしれませんが、1年目の甘えもあって、段々と自暴自棄になってしまったんです。開始決定が迫る中、もう、この起案している同意申請もどうせダメだろうと思って、藤本先生に送付はしたものの、どうせダメだしされるだろうから、ここで逃げてしまおうと思ったのです。
藤本: ところが、私は、「進めてください」とOKのメールを出したんですよね。
池上: はい。藤本先生から「進めてください」というメールが来て、……そこでどうしようと思ったのですが、心の中で「もう逃げてしまおう」と決めてしまっていたので、もう後には引けないと思い、そのまま家を飛び出して、新幹線に飛び乗って、東京のネットカフェを転々とするという……。いつのことかな・・・
藤本: たぶん6月9日ですよね?3日間、音信不通になりました。翌10日は、伊藤先生と一緒に「最悪の事態」も想定して、管理人に頼んで池上先生の部屋を開けて貰ったりしたけど、発見されず、本当に奔走しましたよ。当時、創知では緊急連絡先を把握するということを考えておらず、京大法学部の事務室に連絡して池上先生の実家の連絡先を聞こうとして、怪しまれたのを覚えています。まあ、お陰で、今は緊急連絡先の届出をして貰うようになったのですが。
池上: 本当にご迷惑をおかけしました。翌10日は、創知の給料日とボーナス支給日で、振込がされていることを見て、「あああ・・・」と思い、精神的にも限界を迎えていたのですが、11日に大阪の自宅に戻ったら、藤本先生からの直筆の手紙が置いてあって……。それで藤本先生に電話をしました。
藤本: とにかく「無事でよかった」と。その後、暫く休養してから現場に復帰してくれましたね。
信頼の回復と、これからの課題
藤本: あの挫折から数年が経ちました。当時の「無敵の自信」はどうなりましたか?
池上: 今も完全には戻っていません。でも、逃げずに業務に向き合い続けたことで、少しずつ変わってきた気はします。例えばですが、あの民事再生事件では、クライアントの方からも、一旦は烙印を押されたと思うのですが、その後、関係者の方から相談やアドバイスを求められるようになりました。「無敵の自信」は流石にないですが、今後も業務に向き合って、地に足のついた自信を少しずつ得られればと思います。
藤本: それは間違いなく、池上先生が泥臭く頑張って、信頼を取り戻した結果ですね。では、今後の弁護士としてのビジョンはどう考えていますか?
池上: 僕は「来る仕事は断らない、ジェネラリスト」になりたいと思っています。何でも対応できる弁護士というか。
藤本: なるほど。でも、あえて厳しいことを言いますね。「何でもやります」という弁護士には、誰からも依頼は来ません。特定のクライアントにとっての「ナンバーワン」になるような、ニッチな専門性を持つべきです。経営者の視点としては、そこを突破してほしいですね。先生の場合、景表法とかを頑張っているので、BtoCの法律事務とかをもっと頑張って欲しいなと思います。そこに、当法人の特徴の1つでもある、国際性がプラスされると更に良いですね。
池上: はい。肝に銘じます。
創知の柱として
藤本: 最後に、後輩の窪田先生から見て、今の池上先生はどうですか?
窪田: 普段、僕がさらに下の後輩を指導していて不満を感じた時、「僕の時は池上先生がいたから恵まれていたんだな」と痛感します。あの時、池上先生が逃げ出しても戻ってきてくれたからこそ、今の創知法律事務所の大阪オフィスがあると思っています。
藤本: 本当にそうだね。あの逃亡劇も含めて、池上先生が辞めずに踏ん張ってくれていることが、今の事務所にとって非常に重要なエレメントになっている。
池上: ありがとうございます。まあ、色々ありましたけど、基本的にはこの事務所が好きでやっているので。これからもよろしくお願いします。
藤本: かつての「折れない自信」に代わって、「折れても立ち上がる強さ」を手に入れた池上先生のこれからの活躍に期待しています。本日はありがとうございました!


